京都市山科区勧修寺の住宅地の一角に「坂上田村麻呂公園」があります
こちらの公園に「坂上田村麻呂の墓」とされる場所がありました
小学校に隣接する場所に「坂上田村麻呂公園」はありました
あの坂上田村麻呂の墓がこんな所に・・というのが正直な感想です・・

公園の説明版によると、明治28年に平安遷都千百年祭に際し整備されたものだそうです

石碑なども建てられていましたが・・皆さんが書き込んでいらっしゃるのを見るに・・大正時代に「西野山古墳」が発見されてからどうも雲行きが怪しくなったそうです・・・
こちらよりもその「西野山古墳」の方が坂上田村麻呂の墓として有力のようですね(・_・;)

公園に設置されている説明書きは以下になります
坂上田村麻呂の墓
この墓には、平安前期の武将坂上田村麻呂を葬っている。
田村麻呂は奈良時代の武将坂上苅田麻呂の子。
延暦二十年(八〇一)、当時の日本では大きな問題となっていた蝦夷地を平定するため征夷大将軍に任命され、遠く陸奥に出兵し、これを治めて大変な功績をあげた
京都にあっても弘仁元年(八一〇)の薬子の乱などに活躍し、官職は右近衛大将にいたった。
弘仁二年五月二十三日死去、五十四才。
この地で葬儀が営まれ、嵯峨天皇の勅によって甲冑・剣や弓矢を具した姿で棺に納められ、平安京にむかって立ったまま葬られた。
田村麻呂はまた仏教の信仰も深く、清水寺を創建したことでも有名である。
京都市

「坂上田村麻呂の墓」の石碑と案内板が設置されている場所には一応鎖が掛かってはいるものの・・
実際には何ら普通に墓前まで入って行けました

こんもりとした土饅頭を囲むように、石柱の玉垣でお墓が囲われていました

「坂上田村麻呂の墓」
ご地元の方なのでしょうか・・お線香とお供え物が・・・
何やらミッキーマウスなお供え物もありました^^;
それがまた・・不思議さをより演出しているような気分になりました・・・^^;
さて先ほどの「西野山古墳」ですが・・この公園から北西方向にありました
発見された大正時代には京都帝国大学(現在の京都大学)が調査に入ったそうですが・・現在では竹林の繁茂によってその所在が分からなくなった?そうで・・・
ここには訪れてはおりませんが・・「西野山古墳」を示す石碑には「この付近」と書かれているようです
大正時代に近隣住民によって発見されたという「西野山古墳」は、木棺から純金で装飾された太刀や鉄の矢じり等の武具、鏡や硯、飾石の付いた帯などが発掘されたそうです
桓武天皇の信任厚かった坂上田村麻呂は征夷大将軍に任命され東征を行い、死去した際には嵯峨天皇の勅命により甲冑や武具を携えた姿で東に向いて葬られ、死後も都を守護したと伝えられています
しかし上記大正時代の調査では、南西方向に?頭を向けて横たわった状態で発見されたそうで・・「立ったまま」という伝承とは異なるようです・・
だから「坂上田村麻呂公園」の墓が正しくて・・そこには立ったまま埋葬されている・・というのが京都市の(説明版の)見解?になるのかも知れませんが・・
西野山古墳も出土品には田村麻呂伝説通りの武具が含まれており・・純金の太刀の装飾なども田村麻呂の位階に一致しているそうです・・
西野山古墳の出土品は「山科西野山古墳出土品」として一括で国宝に指定されているそうで・・そうした面からもこちらの古墳が「坂上田村麻呂の墓説」として有力なようです

「山科西野山古墳出土品」は京都大学総合博物館ですが・・常設展示はされておりません
2021年に京博で開催された特別展「京の国宝」にて展示されていたようですが・・
残念ながらまったく記憶にありません・・・^^;

さて、そんな坂上田村麻呂ですが「坂上家」とはどのような家なのでしょうか
「山蔭神道」の表博耀先生によると、平安時代に桓武天皇に仕えていた坂上田村麻呂は
漢武帝の子孫であり、桓武天皇を守護したことによりもらった姓が「坂上」だということです
東漢氏(やまとのあや)、西漢氏(かわちのあや)とは漢民族の武帝の子孫で、何故「山蔭神道」の先生が関係しているのかというと・・
表先生は「山蔭神齋80世」でいらっしゃって、何をもっての「80世」なのか?と言ったときに
漢武帝から数えて80世
なんだそうです(゜゜)
漢民族が列島に来て馴染み桓武天皇を守った事によって「坂上」という姓をもらい坂上家をつくった
そして征夷大将軍・坂上田村麻呂が生まれました
坂上家に「坂上員衡卿」という人がいて、藤原家から嫁をもらい「藤原員衡」となり、これが「山蔭の員衡公」だそうです
こうしたルーツにより、漢武帝から数えての「80世」ということになるようです
ということで山科の「坂上田村麻呂の墓」を訪れ、その信憑性を考えてみました
「山蔭の員衡公」に関しましては光格天皇の子孫である「中山家」との間に娘の「松江」と婚姻関係をつくり、祭政一致の世を開こうとしていたとの話もあり・・幕末維新に関する部分も非常に興味深いのですが・・それに関してはまた別に考察していけたらと思います
今回もお読みいただきありがとうございました
感謝してます
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