万延元年(1860)の幕末の大事件【桜田門外の変】によって暗殺された大老井伊直弼
その首級が密かに水戸に運ばれていたという説があります
今回はその【井伊大老首級水戸携行説】を見ていきたいと思います

妙雲寺に建立されていた「大老井伊掃部頭直弼台霊塔」

水戸市見川にある【妙雲寺】に「大老井伊掃部頭直弼台霊塔」が建立されておりました
何故この地に井伊直弼の供養塔が・・?と大変不思議に思ったのですが・・これは【井伊大老首級水戸携行説】に関連した井伊大老の供養塔でありました

【妙雲寺】「大老井伊掃部頭直弼台霊塔」


「大老井伊掃部頭直弼台霊塔」は昭和43年3月3日に、三木啓次郎氏によって建立されました
三木啓次郎氏とは、昭和20年代に水戸徳川家の家令を勤められた方で・・水戸光圀公の生誕に関係した三木仁兵衛之次の子孫に当たられる方だそうです
その石碑に刻まれた「由来」には以下のような内容が記されておりました
桜田烈士の一人、広木松之介が井伊大老の御首級を密かに水戸に持ちかえり烈公のお目にかけたこと(゚Д゚;!


烈公から、
これは浪士の成したること、御首級は其の方に預けておく、懇に御供養申し上ぐべし
今、死んではならぬ、命存えよ
と仰せつかったこと
松之介は密かに加賀に赴き、大老の菩提を弔う為に僧となり・・やがて越後、そして鎌倉の寺へ身を寄せ大老の霊に仕えひたすらに供養をした事などが石碑に刻まれていました
しかし私は今回このような石碑を知るまで・・井伊直弼の首級が水戸に運ばれていたなどという話はまったく知りませんでしたので非常に驚きました(゜゜)
ここで改めて「桜田門外の変」時の井伊大老の首級の「定説」を整理いたしましょう

「定説」における井伊直弼の首級

「桜田門外の変」において井伊直弼の首級を掲げ現場を離れたのは薩摩藩士の有村次左衛門、背後から斬り付けられ重傷を負っていた次左衛門は遠藤但馬守の役宅前で動けなくなり自刃しました

有村次左衛門墓

井伊大老の首級は遠藤家の屋敷に運び込まれました
井伊家は首級の返還を求めましたが・・遠藤家から「幕府の検視が済まぬうちはお渡しできぬ」と断わられます・・
その後再び井伊家の公用人が遠藤家に赴き、家臣・加田九郎太の首級として返還を求め首級を持ち帰ったといいます・・
そして藩医・岡島玄達が首と胴体を縫い合わせ、井伊家の菩提寺である豪徳寺に葬った
というのが一般的な見解とされているいわゆる「定説」です

井伊直弼墓@豪徳寺

しかし、名目上加田九郎太のものとされた大老の首級は・・・
実は贋物で本物の大老の首級は秘密裏に水戸へ運ばれた・・という説が早くから巷間に囁かれていたそうです・・
これについてはいわゆる俗説として・・否定する史家が多い中・・なぜこのような石碑が建立されたのでしょうか・・

広木家の墓地から広木家のものでない骨壺が発見された?

妙雲寺に石碑が建てられる昭和43年の少し前に、妙雲寺にある広木松之介の広木家の墓地から、広木家のものでない骨壺が発見されたといいます・・

広木家墓@水戸妙雲寺

このことを同じく妙雲寺の檀家であり、石碑建立者の三木啓次郎氏に話したところ・・
その骨が松之介に関係する者が隠した井伊大老の首の骨に違いない、と考え
寺と広木家の了承のもとに井伊家に返還を申し出たそうです
しかし井伊家からは、直弼の首級は当初より豪徳寺に埋葬されているから・・その骨は水戸で供養してください・・と断られたそうです
発見されたその骨のその後については、「大老井伊掃部頭直弼台霊塔」建碑にあたった石材店の方からの聞き書きとして
大老の御首級が建碑の年の暮れに三木氏たちによって井伊家の菩提寺である世田谷の豪徳寺に秘密裏に埋葬された、とされています

「本行寺」に埋められていた首級

郷土史家で作家の網代茂氏『水府巷談』(水府異聞?)新いばらきタイムズ社には以下のような記載があるという
昭和42年当時、笠間の寺の住職の元へ桜田浪士・広木松之介の縁者である広木妙諦尼から
大老の首級を日蓮宗本行寺本堂廊下の下に埋めた、という先祖からの言い伝えを確かめてみたい、との相談が持ち掛けられました
彼らがここぞとおぼしき場所を掘ってみたところ・・しゃれこうべが出てきたそうです(゚Д゚;)!

本行寺@水戸

首を懇ろに供養してから広木が眠る妙雲寺に埋葬したというのです・・
水戸市袴塚の「本行寺」は、幕吏の厳しい追補を逃れて広木松之介と姉が一時身を隠していた寺だったのです・・!
もしこの話が本当であったならば・・
その翌年の昭和43年3月3日に石碑が建立され、以来妙雲寺で井伊大老の供養がなされていることも自然なことでありましょう
果たしてその真相は・・・!?

最後に

歴史上の人物のその死の真相は常にミステリーな面を持つものだと思いますが・・
今回の【井伊大老首級水戸携行説】も非常に興味深いものがありました
源義経、織田信長、天海、西郷隆盛・・・
それから天皇にまつわるミステリー等々は枚挙に暇がありませんが・・その最たるものと言えば神代の時代、神話の世界であるように思えます
あの歴史の舞台はここだった!説なども巷間溢れていますが・・そんな歴史ミステリーを地元目線で考察することほど楽しいものはありません
これからもニッチな歴史考察を楽しんでいきたいと思います(^^)

最後までお読みいただきありがとうございました
感謝してます